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雑記 ~ テストで高得点なのに、平常点で成績が下がる違和感 ~

 私の勤務校では、各教科の担当者がパソコンで成績を入力するシステムになっている。ひとつのデータベースに入力していくので、見ようと思えば、他の先生が入力した成績を見ることもできる。先ほど、私はある先生が入力した成績を見ていて、強い違和感をおぼえた。あるクラスに期末テストで84点を取った生徒がおり、平常点を合わせると95点の成績になっていた。一方、まったく同じクラスに期末テストで95点を取った生徒がいたのだが、その生徒には平常点込みで84点の成績がついていたのだ。どういうことだ!?

 同じクラスで、同じ授業で、同じ担当者なのに、どうしてこんなことになるのか。不思議でしかたがない。私は「不思議」ですむが、生徒からすれば不審に思うこともあるのではないか。まぁ、テスト84点の生徒が平常点込みで95点の成績をつけてもらえたら、普通に嬉しいだろう。でも、テストで95点の生徒が平常点込みで84点というのは、まぁまぁ謎だ。もしかして、提出物などをまったく出さなかったからだろうか。

 教員の方はある程度わかると思うが、一般的に、テストの点数が低い生徒は平常点の恩恵を受けやすい。逆に、テストの点数が高い生徒は、平常点の恩恵を受けにくい。場合によったら、恩恵を受けにくいどころか、テストの点数よりも低い成績がついてしまう場合がある。極端な話、テストで満点を取っていても、提出物をちょっと出し忘れたせいで、平常点込みの成績が98点になったりするわけだ。私はそれなりに長く教員をしているので、そういうケースがあるのは理解している。だが、上記のように、テストが95点なのに、平常点込みで84点・・・というのは非常に理解に苦しむ。もちろん、まったく提出物を出さなかったら、平常点は下がるだろう。しかし、テストで95点を取ったということは・・・その生徒は、授業以外で相当に勉強しているはずだ。授業以外のこの勉強は、「平常点」に入らないのだろうか。

 そもそも、「平常点」の定義は曖昧だ。単に「授業中の取り組み」を指すこともあれば、「定期テスト以外のすべての取り組み」を指すこともある。前者の定義でいくと、家での自主的な勉強は平常点に入らない。後者の定義でいくと、家での自主的な勉強も平常点に入るのではないだろうか。平常点とは、まったくもって不可解である。かわいそうに、生徒たちはこんな曖昧なものに振り回されるのだ。

 少しでも混乱を防ぐためには、学校として平常点の定義を決めておくか、教員ひとりひとりが平常点の定義をあらかじめ生徒に示しておく必要があるだろう。しかし、私のこれまでの経験上、平常点の定義を決めている学校は少ないし、平常点の定義をあらかじめ生徒に示している教員も少ない。なんなら、学年末に欠点をつけて留年させるとめんどうなことになるから・・・といって、平常点を大幅にプラスしている「不正」をはたらく教員もいるくらいだ。

 ちなみに、賛否両論あるだろうが、私は原則として「テストの点よりも低い成績はつけない」という方針で成績を出している。私の中では、それが生徒や保護者の不信感を生みにくい方法だからである。ところが、残念なことに、次年度からは高校で「観点別評価」とよばれる極めて曖昧な評価方法が導入されることになる。特に、「主体的に学習する態度」をA・B・Cの3段階で評価するなんて、ムリすぎる提出物は出さないけど、家でものすごく勉強していて、テストで100点を取った生徒がいたら・・・その生徒の「主体的に学習する態度」はA・B・Cのどれになるんだろう? 私はAかBの評価をつけると思うが、中には「提出物を出さないからC」と評価する教員もいそうだ。高校の場合、評価が大学の推薦入試などに関わってくる可能性があるので、これは深刻な問題である。

 というわけで、生徒のみなさんや保護者の方々・・・次年度からは成績表を見て、不可解な評価にイライラするかもしれません。基本的に、教員が悪いわけではないんです。現場を知らずにテキトーなことを決めている文科省が悪いのです。たぶん。

                      < 完 >

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