1年前、教育関係の業者さんから「講義動画を作ってほしい」と依頼された。講義動画といっても、顔出しはない。講義用のスライドを作って、解説の音声を吹き込むだけである。私は「スライドを作って音声を吹き込むだけの、簡単な仕事だ」と思って、その依頼を受けたのだが・・・実際にやってみると、まぁまぁ配慮しなければならないことが多くて苦労した。
そして、先日、同じ業者さんから再び依頼を受けた。なんでも、教科書が改訂される関係で、一部の講義動画を作り直したり、新しい講義動画を作ったりするらしい。その依頼のことで業者さんと打ち合わせをしていたとき、ちょっと想定外のことがあった。今回の依頼の中に、「別の先生が1年前に作った講義動画の修正」のようなものがあったのだ。想定外の依頼だったが、手直しすればいいだけなので、きっと簡単だ・・・と思って、私は依頼を受けた。
ところが、これがある意味で、とんでもない仕事だったのである。後日、修正作業に入ろうと思って、その先生(以下、「A先生」とする)が1年前に作った講義動画を見て驚いた。なんというか・・・その講義動画、いろいろムチャクチャなのだ。どうムチャクチャなのかを、以下に記していこう。
まず、スライドの見た目が悪いという点。いかにも意味ありげなのに、実際は何の意味もないスペースがあちこちにあったり・・・行間のスペースをとりすぎて、文が読みにくかったり・・・とにかく、「A先生、見る側のことを考えないで、テキトーに文字を打ったな!?」という感じのスライドだった。
次に、スライドに書かれている文が、ところどころ日本語として不自然だという点。助詞の使い方がおかしかったり、主語と述語がかみ合ってなかったり・・・という具合で、まるで国語力が中途半端な生徒が書いたレポートを読んでいるようで、ものすごくイライラした。私はテスト監督のときなどに、他の先生が作った問題を見ることがあるが・・・たまに、「これは何を答えたらいいの?」とツッコみたくなるような意味不明な日本語の問題文が見受けられる。残念なことに、日本語が不自由な先生は意外に多い。どうやら、A先生もそういう人のようだ。
そして、おそらくA先生が、一部の専門用語の意味をきちんと理解していないと思われる点。そのまま書くといろいろ問題があるので、架空の例を挙げよう。たとえば、こんな文があったとする。
「中大兄皇子と中臣鎌足らが蘇我入鹿らを打倒した事件のことを『大化の改新』といいます。」
これが誤った文だということは、おわかりだろうか? 「大化の改新」というのは、蘇我入鹿らが打倒された後でおこなわれた政治改革のことを指す語である。蘇我入鹿らを打倒したできごとを指すわけではない。架空の例ではあるが、この例と似たような雰囲気のまちがいが、A先生が作ったスライドにいくつかあったのだ。
さらに、スライドの中で、あちこちに難しい表現が使われているという点。そのスライドは、中学生が学習する際に使うスライドなのだが・・・中学生には明らかに難しい表現が普通に使われているのだ。たぶん、一般的な中学生は、そのスライドを読んでも意味がわからないだろう。近ごろの生徒は漢字が苦手なので、そもそも難しい熟語を読むことすらできないかもしれない。
といった具合に、スライドだけでも、ツッコミどころが満載だった。スライドだけでも・・・である。冒頭でも書いたが、このスライドには解説音声がついている。その解説音声を聞いてみたのだが・・・これまた、ツッコミどころが満載だったのである。以下に、解説音声についての問題点も記していこう。
まず、「なんか音が遠い」という点。どういう録音の仕方をしたのか知らないが、声がクリアに聞こえないのだ。誤解がないように書いておくが、A先生は、カツゼツよく、ハキハキとしゃべっている。でも、録音機器を置いている場所が悪いのか、録音機器から距離をとってしゃべっているのか、とにかく音が遠い。だから、音量をMAXにして聞いていたら・・・たまに声が妙に大きくなる箇所があって、ビビらされた。これ、もしイヤホンをしながら聞いたら、本当に腹が立つパターンのやつだ。
次に、解説の中で、ときどきA先生が私見を混ぜてくる点。これも架空の例だが・・・たとえば、授業中に先生がこんなことを言ったとしよう。
「〇〇党は多くの人に支持されているし、魅力的な政党だよね!」
こんなふうに、具体的な名称を出して発言をしたら、違和感をもつ人も多いだろう。そんな雰囲気の、「えっ!? そんな偏ったこと言って、だいじょうぶ!?」というような内容が、A先生の解説音声の中にあったのだ。
さらに、A先生がときどき「解説を逃げる」という点。難しい専門用語の解説が雑だったり、解説さえせずにスルーしたりしてしまっているのだ。またしても架空の例だが・・・もし、先生がこんな授業をしたら、どうだろうか。
「1874年に、『民選議院設立の建白書』というものを板垣退助らが出したのです。さて、ここで次の話題にいきましょう。」
こんな授業をされたら、ほとんどの生徒は「民選議院設立の建白書って、何やねん!!」と思うだろう。そんな感じの、解説になっていない部分がそこらじゅうにあったのである。
といった具合に、スライドにも講義音声にも、数え出したらキリがないくらいのマズい点があった。冒頭にも書いたが、私に依頼された内容は、この講義動画を修正することだ。もはや、修正するよりも、イチから作ったほうが早いくらいである。ちなみに、私は依頼を受けた時点では、丁寧にやっても1時間~2時間ほどでひとつの講義動画を修正できると思っていた。しかし、修正すべき点が多すぎて、とても1時間~2時間ではムリだった。実際にやってみたところ、ひとつの講義動画を修正するのに8時間ほどかかってしまったのだ。
ここ数日、イライラしながら、A先生が作った講義動画の修正作業にあたっている。私は心が狭い人間なので、講義動画のおかしい点を見つけるたびに、「初めからA先生がマトモなものを作っててくれたら、ここまで面倒なことにならなかったのに!!」と怒りがこみあげてくる。
その怒りをさらに増幅させるのは、報酬のことだ。1年前、A先生も私も同じ条件で依頼を受けて、講義動画を作った。だから、そのときにA先生と私は同じ額の報酬を得たわけだ。今回、A先生が作った講義動画を見て、悲しい気持ちでいっぱいである。思い返せば、1年前に私は講義動画を作成するにあたって、スライドに使う用語や表現を厳選し・・・スライド全体の見た目を何度も確認し・・・きちんと原稿を書いて、解説の日本語がおかしくならないように配慮し・・・といったように、さまざまな配慮をした。しかし、おそらくA先生は、そういう配慮をしていない。でも、報酬は同額なのだ。
なんだか、修正作業がバカバカしくなってきた。でも、請け負った以上は、やり遂げないとダサい。前向きに考えるしかない。今回、私のところには、A先生の講義動画の修正も含めて、追加の依頼がきた。ということは・・・業者さんが、きっと私の仕事を信用してくれているんだろう! 私は、自分がたいして優秀な教員ではないとわかっている。優秀ではないけれども、仕事に誠実に取り組む人間だということが、業者さんに伝わってるんだろう! そう思わないと、やってられない・・・!
この調子でイライラしながら修正作業をしていけば、2学期が始まるまでに、ストレスでまたハゲ散らかしてしまうだろう。変わり果てた姿になることを覚悟して、修正作業に勤しまねばなるまい。
最後に、もうひとつだけ文句を。A先生! 自分の専門分野の講義動画くらい、ちゃんと作ってください! なぜ、専門分野の異なる私が、こんなに苦労して修正作業をしなくてはならんのですか!!!
< 完 >
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