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雑記 ~ 河村市長! もう、「まぁ」って言うなや ~

 河村市長が噛みついた金メダルが交換されることになったそうで、改めて河村市長の会見が開かれた。会見のようすを見るまでもなく、「しょうもない会見だろう」ということは察しがついた。正直、会見のようすを見る価値すらないと思ったが、「怖いもの見たさ」的な感覚がはたらいて、いちおう見てみた。やっぱり、見る価値はなかった。単に、イライラしただけである。

 彼の会見は、なぜ聞いていてムカつくのだろうか。多くの人はいろいろと思うところがあると思うが、私が特に気になるのは、彼が「まぁ」という語を多用するという点だ。小学生だったら、何回「まぁ」と言ったかを数えて遊ぶレベルだ。そのくらい、彼は「まぁ」を連呼する。

 辞書を確認したところ、「まぁ」という語にはいくつか意味があるのだが、そのうちのひとつに「一応してみるさま」とあった。彼はいつも覇気がないユルい口調で話すが、この口調で「まぁ」と言われると、この「一応してみる」感がものすごく増す。彼が心の奥底でどう思っているのかは知らないが、特に謝罪会見でのユルい口調の「まぁ」の連呼は、「みんながうるさいから、一応、謝っておく」感がハンパないのである。

 しかも、今回の会見を聞いていると、彼はついにこんなセリフを吐いたのだ。

「まぁ・・・まぁ・・・まぁ・・・とりあえず・・・(以下略)」

 イタすぎる。私としては一度も使ってほしくないレベルの禁句「まぁ」を3連発して「しゃあないのぅ、謝るわ」感を大爆発させてからの「とりあえず」・・・すさまじいコンビネーションである。聞いていて引くほど呆れかえってしまい、彼が「とりあえず」のあとに何を言ったか、私はまったく覚えていない

 さて、上記の話は、他人事ではない。私がまだ若いころ、ある先生が私の授業を見学しにきた。授業が終わったあと、その先生は私にこう言った。

「説明のときに、『え~・・・』とか『あ~・・・』とか何度も言ってるけど、アレ、やめたほうがいいよ。聞いてる側は、集中力を欠くから。」

 そう言われて、私はそれなりにショックを受けた。当時、授業中に寝るような生徒はほとんどいなかったし、生徒たちは前向きに授業に取り組んでいると思っていた。だから、私は「授業がうまくいっている」という思いをもっていた。いま思えば、自信過剰で実に恥ずかしい。そして、自信があったために、「自分が発することばを客観的に見直そう」という思いをまったくもっていなかったのだ。

 指摘を受けた私は、授業中に「え~・・・」とか「あ~・・・」とか言わないように意識するようになった。怖いと思ったのは、言わないように心がけているのに、ときどき無意識で「え~・・・」や「あ~・・・」がポロリと出てしまったことだ。それくらい、クセとして体に染みついていたのである。

 あのときに指摘を受けたから、今ではかなり改善された。そして今では、会議や全校集会などで「え~・・・」とか「あ~・・・」とか言いまくる上司たちのようすをみながら、「この先生方は、授業中もこんな感じなんだろうな・・・だいじょうぶかな?」と妙な気持ちになっている。

 話を戻すが、河村市長は哀れな男だと思う。今まで、「そんなに『まぁ』を多用したら、誠意が伝わりにくくなるぞ」と、誰からも言われたことがないのだろう。彼のことを思って言ってくれる人が、周りにいなかったのかもしれない。もしかしたら、周りの人たちは「アイツには言うてもムダや! もう、ほっとけ!」という感じで、今まで何も言わなかったんじゃなかろうか。彼は、人をまとめる立場でありながら、人から見放されている感じがプンプンする。長く生きているのに、あの感じ・・・実に哀れである。

 そういえば・・・多くの高校では現代社会の授業を開講していると思うのだが、現代社会の授業では、直接請求権について取り上げるにあたって「首長のリコール」についても学習することだろう。きっと、名古屋の高校では本年度、この単元を学習する際に「市民が署名を集めたら、うちの市長をリコールできるのか!」と生徒たちは知り、きっと変な空気になることだろう。授業が変な空気になって、先生も生徒も、まぁ、まぁ、まぁ、とりあえず、哀れである。

                       < 完 >

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