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雑記 ~ 「#教師のバトン」で思い出した ~

 文部科学省のプロジェクト「#教師のバトン」が、悪い意味で話題になっているようだ。ネットやテレビでかなり取り上げられているので、ご存知の方も多いだろうが、このプロジェクトは、学校で実施されている改革の事例や教員の魅力などを、SNSを通じて教員をめざす人たちに伝えようというものである。だが、現場の教員からは、過酷な学校現場の実態を嘆く声が次々とあげられた。そのため、若い人たちにバトンをつなぐどころか、「教員の過酷さがわかって、教員になるのを諦めた」というような人も出てきている始末らしい。

 この話がネットやテレビで何度か取り上げられているのを見るうちに、10年ほど前に自分が私立の学校で専任の教員をしていたときのことを思い出した。当時、私が担当していた主な仕事はこれだ。

副担任 、 生徒指導部 、 進路指導部 、 運動部の主顧問 、 図書館副館長 、 生徒会(美化) 、 教員互助会の幹事

 主なものだけで、以上である。誤解があってはいけないので念のために書いておくが、これは「経験したことがある業務」ではなく、「兼任していた業務」である。小規模な学校なので教員の人数が少なく、ひとりの教員(特に副担任)がこんなふうに兼務しないと、学校が回らないのである。

 しかも・・・これらに加えて、塾回りのシーズンには「広報部」の肩書きも加わり、広報部の名刺を持って塾を訪問したりもしていた。また、勤務校の入試や卒業式のときには、上記のものとはまったく別の仕事が割り当てられていた。特に、卒業式の時期には、延々と卒業証書の作成に勤しんでいたのをよく覚えている。来る日も来る日も卒業証書に学校印と校長印を押して、印の押しすぎで内出血したこともあった。

 その結果・・・もともと体がさほど強くない私は、3年めに過労でダウンして、2週間の休職をするハメになってしまった。そして、復職してからの体調もすぐれなかったので、年度末に退職したのである。

 これだけだと単なる残念な話だが・・・私が過労で休職してから、わずかではあるが、学校の雰囲気は変わった。管理職が積極的に「休めるときは、有休をとって休んでください」と言うようになり、年配の先生も若い先生も、以前よりは休みをとりやすい雰囲気になった。図書館には専門の職員を入れるようになったし、今では「塾回りのシーズンだけ広報部になる」という謎のシステムもなくなったそうだ。さらに、運動部であっても、必ず週に1日は活動しない日をもうけているのだという。

 話を「#教師のバトン」に戻すが、このプロジェクトが大荒れになってしまったのは、今さらどうにもできない。すでに多くの人が言っているが、噴出している学校現場を嘆く声を可能なかぎり受け止めて、文部科学省が学校を変えるよう主導したり、各学校が独自に変わったりするきっかけになれば、大きな成果だろう。先ほど述べた私の勤務校のように、少しずつでも学校現場が変わっていくことを期待したい。

 最後に、上記の学校で専任教員を務めていた時代の思い出を、もうひとつ書いておこう。私が急に休職したので、授業は急遽、自習になった。休職初日に学校から「世界史の自習課題、どうします?」と電話がかかってきたのだが、私は困り果てた。急に休職したため、私の手元に教材などがないので、適切な指示が出せないのである。しかたなく、私は電話でこんなふうに伝えた。

「白紙を生徒たちに1枚ずつ配布して、『世界史しりとり』をさせておいてください。」

 当時、私は年に1回~2回、授業で「世界史しりとり」をしていた。世界史の専門用語だけで、延々としりとりをしていくというものだ。これ、意外と復習になるので、たまにやるとおもしろい。たとえば、こんな具合である。

アウグストゥススカルノ → ノルマンディー公ウィリアム → ムラービト朝ウェストファリア条約鳩摩羅什(くまらじゅう) → 海の民 → 明律 → ツヴィングリ → 遼 → ・・・

 このような「世界史しりとり」を紙に書いていく自習課題として課したのだが・・・復職してから、生徒が提出した「世界史しりとり」の紙を見て、私は驚いた。「世界史しりとり」なのに、全員、最初のことばは「早く元気になってね」だったのだ。おそらく、生徒たちがその場で相談して、「最初はコレから始めよう」と決めたんだろう。あやうく、職員室で泣きそうになってしまった。学校の諸業務には恵まれなかったが、生徒たちには恵まれたと思った瞬間だった。

 ちなみに、生徒たちが書いたその「世界史しりとり」の紙は、今でも大切に自宅で保管している。休職は残念な思い出だが、休職を機に、ちょっとした宝物ができたわけである。普段はあまり気にしていないが、自宅を見渡してみると、こういうタイプの宝物は案外たくさんある

 誠実に仕事をしていれば、ここぞというときに、生徒たちは助けてくれる。教員は、過酷な仕事であることには違いないが、決して悪い仕事ではない。どうしても専任の教員になる勇気が出ないのなら、今の私のように講師として生きていく道もある。講師は金銭的にかなり苦しいので将来が非常に不安だが、授業に全力投球できるので、非常にやりがいがある。多少のスキルアップも見込めるし、講師の仕事、個人的には教員志望者にオススメしたい。

                       < 完 >

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